<マナベツバサ:PLO専門の元プロポーカープレイヤー。2012年から2016年にかけて最高レートをレギュラーとしてプレイ。過去には「pokerstrategy.com」からのスポンサードを受け、欧米を中心にトーナメントに参加しながら日本人コミュニティのアンバサダーも兼任。現在はメンタル・パフォーマンス・コーチとして日本で活動している。「Nexus Poker」監修。> |
ポーカーの世界では、「どれくらいのレートを継続してプレイしているか」が実力を表す一つの指標となります。
今回のインタビューでは、日本人初の最高レートプレイヤーとしてプレイした後、現在はメンタル・パフォーマンス・コーチとして活動されているマナベ ツバサ氏に、そのポーカーキャリアや、自身が考える「ポーカーにおけるメンタルの強さ」について伺いました。
目次
ポーカーとの出会い:ドイツ育ちのプロポーカープレイヤー
ーマナベさんは、子どもの頃にドイツに移住して、大学卒業後にプロポーカープレイヤーとしてのキャリアを開始されたんですね?
そうです。生まれは山形ですが、3歳の時に両親の仕事の都合でドイツのバイエルン地方に移住しました。その後は大学卒業までドイツに住み、卒業後は欧州を拠点にプロポーカープレイヤーとして活動してました。
ーポーカーに出会ったキッカケを教えて下さい。
高校生の時に、Pokerstrategy.com[1]のポーカースクールのCMを見たのがキッカケですね。
私はギャンブルには全く興味がなかったのですが、そのCMではポーカーの「戦略ゲーム」という点を強調していて、良いプレイをすれば勝てるし、稼げるということを謳っていました。
最初は私も半信半疑だったのですが、戦略記事を読んで実践するなどした結果、確かにこれは優位性を出せるし、ギャンブルじゃないなということが分かりました。ゲームとして面白いし、複雑で奥が深い点に惹かれましたね。
ー最初はどのような形でプレイしていましたか?
ノーリミットホールデム(以下NLH)[2]をプレイしていました。
最初はそのオンラインスクールに登録するともらえる50ドルを使って、1セント/2セント[3]のレート[4]から地道にプレイし始めましたね。かなり運が良かったとは思いますが、一年以内には5ドル/10ドルをプレイするようになりました。
ー当時はどのように勉強されていたんでしょうか?
登録したオンラインスクールは、プレイを続けていくとそのスクールの記事を見ることができました。オンラインでプレイしながらそうした戦略記事を読んで、コツコツ勉強していった感じです。
ー読むだけでは上手くなるのが難しい部分もあるかと思いますが、どのような事を意識してポーカーのスキルをあげていったのでしょうか?
ポーカーには考えるべきコンセプトが数えきれないほどあるのですが、プレイ中に全てを考える時間は無いので、それら一つ一つ無意識に、瞬時に実践できるように、自分に叩き込んで身に着けることを大事にしました。
ポーカーをプレイする時って、車の運転をする時のように様々なことを無意識に、並行してできないといけないんですね。
例えば初めて車の運転をするという時に、いきなり全ての要素を高いレベルでやろうとしても出来ないですよね。まず一つのコンセプトを学び、ひたすら反復練習した後、それに集中しながらリアルな場面でやってみることで、プレイ中に無意識に実践できるようになるという作業を地道に繰り返しました。
スポンサードを受け、プロのプレイヤーへ
ー大学在学中にはそうしてポーカーの勉強を重ね、卒業後はトーナメントを回られたのですね。
はい。2010年ごろに「pokerstrategy.com」からのスポンサードを受け、アメリカやヨーロッパなどのトーナメントに参戦するようになりました。
ースポンサードを受けたきっかけは何だったのでしょうか?
pokerstrategy.com側から連絡が来ました。当時はちょうど彼らが日本マーケットへ進出しようとしてた頃で、私がある程度のレートでプレイしていて日本語も喋れたというのが選ばれた理由じゃないですかね。Pokerstrategy.comにはハンド考察や掲示板への投稿をしていましたし。
契約内容には、日本人コミュニティのアンバサダーのような活動や、コミュニティー用のコーチングも入っていましたね。
ーその後トーナメントへの参加をやめ、オンラインキャッシュゲーム[5]に移行されたとのことですが、それはなぜでしょうか?
移行というか、私はそもそもずっとオンラインのキャッシュゲームがメインで、大学卒業後に憧れていたトーナメント生活にチャレンジしてみた、という感じなんです。
その一年間はとても有意義だったとは思いますが、キャッシュゲームの勉強に充てる時間があまり確保できなかったり、ホテルを転々とするような生活サイクルに馴染めなかったり、自分には合わないなと感じました。
あとはオンラインのキャッシュゲームの方が期待値が高いという実感もあったので、そちらに専念することにしました。
PLOの魅力とは
ーポットリミットオマハ(以下PLO)[6]に移行されたのはこの頃ですか?
そうですね。この頃(2011年)から本格的にプレイするようになりました。NLHと違ってまだ解明されていない部分も多いと感じましたし、その分勉強すれば優位性を出せると感じたので。
ーNLHにはないPLOの魅力とは何でしょうか?
個人的には、PLOはゲームが複雑なため、勉強すればするほど強くなれる余地がまだあるという部分ですね。
またプロでない方々にとっても、ハンドが4枚なのでポット[7]も大きくなりやすいですし、フロップ[8]を見られる頻度が高いのはPLOの面白さだと思います。
NLHでは、誰かがオープンレイズ[9]すると全員がフォールド[10]して終わってしまうことが良くあるんですが、PLOでは大体コール[11]してプレイが続きますね。
ーPLOに移行してからは、どのようなアプローチで技術を磨いていったのでしょうか?
この頃になると、大学生の頃のように記事を読むという受動的な方法ではなく、自分でコンセプトを開発するのが重要になってきます。自分で考え抜いて、こういう方針でプレイしようと決めなければいけません。
ですから、その根拠となる数値を自分の中に叩き込むような作業を繰り返し行いました。ポーカーは、計算しても仕方ない部分っていうのがどうしてもあるんですが、それをあえてやるイメージですね。
独自にプログラムを組んで計算してみたりしながら、データを構築していく、と言ったらイメージしやすいかもしれません。自分の直感を信じすぎないためにも、ちゃんとした数値(データ)を持っている必要があるんです。
今はAIの登場によって状況がガラリと変化していて、そういう数値を計算するツールも出てきたので、アプローチの仕方や、プレイヤーとして必要なスキルもかなり変わってきていますけどね。
オンラインキャッシュの最高レートへ
ーマナベさんは、2012年に、当時の最高レートに到達しプレイするようになったとお聞きしましたが、それは具体的にどのくらいなのでしょうか?
200ドル/400ドルというのが、当時のオンラインキャッシュの最高レートになります。
ーリスク管理などが重要になってくるかと思いますが、どのようにレートを上げていったのでしょうか?
オンラインのキャッシュゲームに専念するようになってPLOを始めた時は、2ドル/4ドルから始めました。NLHの時は10ドル/20ドルをプレイしていたので、まずはレートを下げて勉強し直した形ですね。
そこから次第に10ドル/20ドル、25/50ドルをプレイするようになりました。
実はそのあたりのレートで停滞していた時期があり、これ以上レートをあげるのは難しいかなと思っていたこともありました。
ーその停滞を脱したきっかけは何だったのでしょうか?
あまりこれといった出来事があったわけではないです。ある時、急に上達の実感を得られるようになりました。
停滞していた時期にもスキルアップを心がけて勉強を続けていたら、ある時、自分が敵わないと思っていたハイステークスのプレイヤー達のミスに気づけるようになりました。その時、自分に実力がついてきたなという実感が湧きました。
ーそこに到達するまでに、どのような事に気をつけていましたか?
リスク管理の意識は徹底していました。PLOはどうしても分散が大きく、きちんとリスク管理をしておかないと破産する危険も高くなります。
PLOはNLHと比べて標準偏差が1.5~2倍あるので、相応のバンクロール管理をすることを常に心がけました。
ーマナベさんのポーカーのキャリアで、一番嬉しかったこと(瞬間)はなんでしょうか?
やはり、100ドル/200ドル、200ドル/400ドルのステークス[12]に定着して、レギュラーとしてプレイできるようになったのは嬉しかったですね。憧れていたプレイヤーとも同卓できるようになったわけですから。
一番覚えているプレイは、12万ドルのブラフキャッチ[13]を、過去にはコールできていない弱いハンドでできた時ですね。こういう事ができるようになったと実感した時は嬉しかったです。
ー逆にポーカーをプレイしていて、大変だったこと、苦労した事はなんでしょうか?
仕事のうちだと思っていたのであまり苦労という感覚はなかったのですが、やはりダウンスイング[14]は辛かったですね。どうしてもあることなのですが。
それから、50ドル/100ドルなどのハイステークスをプレイするようになってからは、金銭的なプレッシャーが明らかに違ってきて、メンタルもプレイの質も悪くなって、いわゆる「ティルト[15]」の状態になることが多くなりました。
メンタルの影響で、ポテンシャルを出し切れない期間は苦しかったです。
ティルト問題とその解決
ー同様にティルトの問題を抱えているプレイヤーは多いと思いますが、マナベさんはどのように解決したのでしょうか?
2000年代に開発された新しい心理療法を取り入れ、学んだことで解決しました。
これに出会うまでは、カウンセリングや精神分析、占いまがいの怪しそうなものまで、かなりの時間と投資をして思いつく限りのアプローチを試したのですが、どれも根本的な解決には至りませんでした。
そんな中で見つけたこの心理療法は、再現性のある形で心理的な問題を解決できる手法で、私が抱えていたティルトなどのメンタルの問題もきちんと解決することができました。
この出会いが、今のメンタル・パフォーマンス・コーチという仕事にも繋がっています。
ーそのようなメンタルに対するアプローチは、プロのポーカープレイヤーの方々はよく実践しているものなのでしょうか?
そうですね。私の周りのポーカープレイヤー達も、結構色々なものを試してましたね。
ポーカーではトップの世界になればなるほど、最大の差別化要因はメンタルです。どのプレイヤーも、メンタル面を磨こうと必死になって様々なアプローチを試していて、私はその中でも再現性のあるものに出会えてラッキーだったと思います。
日本ではカウンセリングですらあまり一般的でないと聞きましたが、海外では例えばスポーツのトップアスリートなども、自分のポテンシャルを発揮する為にそうしたアプローチを試みるのが一般的です。
ポーカー引退へ
ーその後2015年ごろにポーカーを引退されたとのことですが、その理由を伺っても良いでしょうか?
難しいのですが、簡単に言うと「自分の限界を突きつけられたから」ですね。
元々は、世界一になりたいというのがポーカーにおける私のメインのモチベーションだったのですが、メンタルの問題が解決したからこそ、本当のトッププレイヤー達との間にどうしても超えられない壁を感じるようになりました。
才能という言葉は好きではないですが、そうした自分にはない部分が彼らにはあったんだと思います。
それでも3年以上そのようなトッププレイヤー達と戦う間は「いや違うはずだ」、「もっとどうにかなる」という気持ちで足掻いてみましたが、努力しても敵わない壁があるというのを本当に受け入れられた時、「やり切った」と感じて辞める決断をしました。
ー最高レートでプレイし続けたマナベさんが考える、ポーカーでの「メンタルの強さ」とはなんでしょうか?こうあるべきだという指針のようなものをお聞きして宜しいですか。
ポーカーにおけるメンタルの強さというのは、正論としては「どんな状況でも最適な一手を打てる」という事だと思います。
どんな金銭的なプレッシャーがあっても、体が疲れていても、正しいプレイをし続けられる人ですね。言葉では簡単ですが、達成するのは難しいと思います。
私が考えるに、自分の中で納得してプレイしている人は強いですね。自分の軸がしっかりとある人です。
人はどうしても、他人からの評価やお金、認知欲求などに気を取られがちなのですが、そうした他人からの影響を受けることなく進み続けられる人が「メンタルが強い人」だと思います。
他人を気にせずに、自分の好きなこと、出来ることをゴールに向かってやり続ける。そういう風にマインドセットと行動を変えていく、寄せていくというイメージを持つのが大切だと思います。
今後の活動について
ー今後の活動について、また、今後ポーカーとどのように付き合っていこうとお考えですか?
残念なことなのですが、日本でポーカーはギャンブルのイメージが強いですよね。ポーカーは確かにギャンブルではありますが、実力があればきちんと勝つことができるゲームです。
これから私自身がプロのポーカープレイヤーに戻ることはありませんが、今後は「Nexus Poker」の監修として、ポーカーの頭脳スポーツとしての側面を紹介していきたいですね。
私はポーカーの良い部分も、ギャンブル的な部分も見てきていますが、やはりポーカーは自分の可能性を拡げてくれたものでもあるので、そうした良い部分を広めていきたいです。
あとはメンタル面と技術面の両方から、プレイヤーをサポートし育成していきたいとも考えています。
ーポーカーが上手くなりたいと思っている方々、興味を持っている方々へのメッセージをお願いします。
頭脳スポーツとしてポーカーに取り組むことで、多くの学びが得られると思うので、そうしたアプローチをしていって欲しいですね。私は、そういう方法で良い経験を積むことができました。
ポーカーにはどうしても運の要素が付きものなのですが、だからこそ「不確実な環境の中で、最適な決断を積み重ねることの重要性」を学ぶことができたなと思います。
人生も、不確定要素のある中で決断をし続けなければいけないですよね。それを追及するスキルと、どのような結果でも受け入れられるマインドセットを得られるのは、ポーカーの良い部分ではないでしょうか。
[1] 世界最大級のオンラインポーカースクール。
[2] ポーカーのゲームの一種。各プレイヤーに配られる2枚の手札と5枚の共有カードで役を作る。
[3] ポーカーのレート(強制的にかける金額)の金額の一種。 最初にチップをかけるプレーヤー(スモールブラインド)が1セント、 2番目にチップをかけるプレーヤー(ビッグブラインド)が3セントかける。
[4] 強制的にかける金額のこと。
[5] カジノやオンラインでポーカーを遊ぶこと。キャッシュ(現金)をかけてポーカーを行う。
[6] ポーカーのゲームの一種。 各プレイヤーに配られる4枚の手札と5枚の共有カードで役を作る。
[7] ハンド中に行われたすべてのベットからなる賭け金プールのこと。
[8] 共有カード(コミュニティカード)が3枚ある状態でチップをかける(ベットする)タイミング。または、3枚目の共有カードのこと。
[9] プリフロップ(二枚の手札が配られた後、ベットする前のタイミング)において、最初のレイズをすること。
[10] ゲームから降りること。
[11] 自分の直前のプレイヤーと同じ額のチップを賭けること。
[12] テーブルの最小サイズの賭け金のこと。ステークスが高ければ高いほど、勝てる金額も大きくなる。
[14] 勝てる見込みがほとんどないハンドでコールをして勝利する事。
[15] 運の要素によって負けが続くこと。
[16] 負けた時などにプレーヤーが感情的になり、冷静な判断ができなくなる状態。